2013年05月11日

薫風香る芝離宮(01) 風にゆら〜り藤の花

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 テレビで「藤の見ごろ」というニュースが流れた翌日、勇んで現地に行ってみると、藤はスダレ状態でガッカリすることが多い。ニュース映像になるのはもっとも美しく咲き誇っているときだから、それを見てから出かけていたのでは遅いのかも。

 というわけで、世間が注目しない「藤の穴場」に出かけてみました。「旧芝離宮恩賜公園」、略して「芝離宮」です。

 この公園、かつては葦の生い茂った「洲」。将軍家の鷹狩りの場として使われていたのですが、陸奥会津藩主加藤嘉明(よしあきら)の屋敷→小田原藩主大久保忠朝(ただとも)の上屋敷→紀州侯邸→有栖川宮邸→東京市へ下賜という変遷をたどり、現在は東京都が管理する公園です。

【写真(上)】園内に入ると、まず目に入ってくるのが藤棚。可憐な紫色が春風に身をゆだねていました。

【写真(下)】元気いっぱい、見事な枝ぶりの藤ですが、なんと樹齢200年らしい。

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2013年05月12日

薫風香る芝離宮(02) 駅のお隣の公園

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 JR山手線・京浜東北線「浜松町駅」から歩いて数十秒で公園入り口。午前10時ごろに入園しても人の気配がしないから、まるで貸しきり状態です。

「芝離宮」の近くに「浜離宮(浜離宮恩賜庭園)」、別名「浜御殿」があります。将軍家の鷹狩りの場だったココとは異なり、アチラは将軍家の別邸だったから敷地はとんでもなく広大。

 慶応4年、幕府軍×官軍の鳥羽伏見の戦いを見捨て、こっそり大阪城を抜け出して幕府軍艦「開陽丸」で江戸に逃げ帰った徳川慶喜が下船したのが「浜」の「将軍お上がり場」。京都で亡くなった家茂の亡骸が上陸したのも同じ場所。

 後世まで語り継がれるような華々しい出来事があった「浜」とくらべ「芝」は地味ですが、園内で一番高い「大山」に登れば園内すべてを見渡すことができるコンパクトさがいい。

【写真(上)】大山から入り口方面。左側の黒っぽいビルが「世界貿易センタービル」。その下に東京モノレール「浜松町駅」とJR山手線・京浜東北線「浜松町駅」、さらに手前に東海道新幹線が走ってします。

【写真(下)】池の一部に砂浜を模したところがあり、その脇に飛び石。前方には江戸時代から変わらぬ位置にある「雪見灯籠」がたたずんでいます。この地下をJR横須賀線が走っているらしい。

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2013年05月13日

薫風香る芝離宮(03) 小田原の庭師が築庭

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 江戸湊の海水を引き込んで「汐入回遊式庭園」にしたのは小田原藩の大久保さんで、小田原の庭師によって築庭して「楽寿園(らくじゅえん)」と命名。

 残念ながら江戸湊が埋め立てられ、目の前が海ではなくなってしまったので、現在は汐入ではありません。「楽寿園」時代とくらべ、面積は3分の1になってしまったそうですが、それでも東京ドームの0.9倍の広さ。

 フランスの大統領が、かつて訪問した中国で「京都の庭園は陰気臭い」と云ったそうですが、「自然を征服して四角四面に押さえ込む」式の西洋庭園とくらべたら、日本の庭園は「あるがままの自然をそのまま引き写す」式だから、陰気臭いのが身上。

【写真(上)】大山の中腹からの撮影。ビルの下にモノレールの線路が見えます。

【写真(下)】中国杭州の景勝地「西湖」にある石堤を模した「西湖の堤」。池の中ほどに造られた「中島」に渡ることができます。渡っている人を入れて撮りたかったのですが、あいにく通行人不足。

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2013年05月14日

薫風香る芝離宮(04) 樹齢約200年の藤の花

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 大山の裾野部分に4本の石柱が等間隔で直立しています。何のための石柱か、長い間「謎」とされてきましたが、最近の調査の結果、相模の戦国武将松田憲秀旧邸の門柱であったことが判明したそうです。

 徳川五代将軍綱吉を迎えた際、茶室の柱に用いるために運ばれてきたそうですが、本体が焼けてしまっているので、在りし日の姿は想像するしかありません。

【写真(上)】謎だった4本の石柱。茶室が火災で焼失したときの焦げ跡があります。

【写真(下)】石柱に開けられていた穴。丸穴からの光景は、まるで江戸時代。

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2013年05月15日

薫風香る芝離宮(05) 東京タワーと世界貿易センタービル

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 園内の小高い場所に立つと、「世界貿易センタービル」の左側にニョッキリと顔を出している塔が見えます。「東京タワー」です。

 富士山同様、青空に向かってそびえ立つ孤高なお姿を見つけると、なんだかトクしたような気分になってしまいます。

 ちなみに正式名は「日本電波塔」。鋼材約4200トンとリベット279万75本を使い、昭和33年(1958年)にオープン。高さ333メートルは、当時、日本一でした。昭和33年は「巨人長嶋4打席4三振デビュー」「売春防止法施行」「日清チキンラーメン発売」「1万円札(聖徳太子)登場」の年でもあります。

 昭和43年(1968年)ごろの新聞に「東京タワーみやげ品売上げベスト7」が載っていましたが、それによるとベストスリーは「根性、努力、忍耐の文字入りミニチュア額縁」「プラモデル」「カレンダーまたは地球儀つきタワー模型」の順。でも7位に「シームレスストッキング」が入っているのは愉快。

【写真(下)】東京のどこにいても、タワーを目印にすると居場所が判って便利。右側の「世界貿易センタービル」は都電が廃止されて不要になった車庫跡に建てられたもので、竣工は昭和45年(1970年)。その2年前に完成した「霞ヶ関ビル」建設の苦労を映画化した『超高層のあけぼの』は、建設中の「世界貿易センタービル」の工事現場でロケしたのだそうです。

【写真(下)】一面の芝で覆われた原っぱのところどころで「ツツジ」が満開。池に架かる木橋の先は「中島」。「西湖堤」の反対側にあたります。

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