2013年04月17日

其地窪にて地形袋の如く(01) ブクロで下車

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「ま〜るい緑の山手線」でお馴染みのJR山手線は1周34.5キロ。小林旭の歌を聞くまでもなく、全29駅の駅名は全国的に有名です。今回は、その中のひとつ池袋駅周辺をお散歩です。

 池袋駅はゴチャゴチャした駅。JR「山手線」「埼京線」「湘南新宿ライン」に加え、西武鉄道「池袋線」、東武鉄道「東上線」、さらに東京メトロ「丸ノ内線」「有楽町線」「副都心線」だから、初めて訪れると、とても心細くなってしまうし、ちょくちょく訪れたとしても、方向が定まりません。

 でも、「東武鉄道と西武鉄道でJRを挟んだサンドイッチ」を頭に思い描くと、簡単に状況が把握できます。つまり「真ん中」JR、「西」東武、「東」西武というわけです。

【写真(上)】JR池袋駅のホーム。「真ん中」のJRですが、階段を下りたとたん、東西南北の感覚が消失。ウロウロしているうちに、どこに行きたかったのかすら失念してしまいそう。

【写真(下)】JR池袋駅西口です。昭和30年代の地図を見ると、このあたりは「東横百貨店」となっていますが、現在は「TOBU」。山手線の内側に当たる東口とくらべて往来する人の数は少ないのですが、かつてはこちらのほうが繁盛していました。

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2013年04月18日

其地窪にて地形袋の如く(02) 小ぎれい西口

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 西が「東武」で、東が「西武」というのは不思議ですが、まったくの偶然らしい。

 かつて西口にあった東横百貨店は「東武」となり、東口にあった武蔵野百貨店は「西武デパート」と改称、丸物デパートは「PARCO」になっていて、見事に西「東武」東「西武」の図式が完成というわけ。

 なお営団地下鉄(現東京メトロ)丸ノ内線が開業したのは昭和29年(1954年)、有楽町線は同49年(1974年)、副都心線と名を変えた有楽町新線開業は平成6年(1994年)のこと。

【写真(上)】かつては駅前のパチンコ屋から威勢の良い「軍艦マーチ」が流れていたものですが、今はクルマのエンジン音だけ。さらに、見渡す限り路面が舗装されてしまっているので、西口の記憶はあやふやになってきました。当時は「それなりの場末感」があって居心地が良かったのですが、はてさて今は?

【写真(下)】ありました「ロマンス通り」。この横丁に入ると左右にたくさんの喫茶店があり、モーニング・サービスも都内ではピカ一の内容を誇っていて、貧乏学生の生命維持に限りなく貢献してくれた地域です。

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2013年04月19日

其地窪にて地形袋の如く(03) ロマンス通りにロマンを求めて

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「ロマンス通り」を歩いてみることにしました。昭和40年代半ば、この辺りにあった喫茶店に通ったのは、コーヒーを注文するとトースト食べ放題だったから。

 テーブルの上に「赤い布がセットされたトースト乗せ」が置かれていて、トーストがなくなるとお姉さんが補充してくれるシステム。トーストは1枚を2つに切ってありました。コーヒーはお代わり自由ではないので、食すトーストの量を考えながらすする量を調整しなければなりませんが、貧乏学生にとっては天国のようなお店でした。

「上高地」だったか「蔵王」だったか・・・店内の記憶はハッキリしているのに、店名を思い出せません。ほかに「ウィーン」「南蛮」「紫苑」もあったけれど、通っていた店だけが定かではありません。

 探しながら歩いたのですが、当然というか当たり前というか、40年近く前の喫茶店はすべて蒸発していました。

【写真(上)】地面は舗装されてしまったし、当時のお店もほとんどなくなってしまったけれど、ゴミゴミした感じは当時のまま。

【写真(下)】路地を挟んで質屋と銀行がご対面しているというのは愉快です。上空に情けなく電飾がぶら下がっていますが、夜になると光るのでしょうか。

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2013年04月20日

其地窪にて地形袋の如く(04) 池袋西口公園

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 そもそも、明治29年(1895年)に「品川駅−赤羽駅」間の路線が開業したとき、池袋駅はありませんでした。農村地帯だから何もない、そんなところに駅舎はいらねぇべというわけ。

 ところが田端駅への支線を分岐する計画が持ち上がり、駅が必要になったので目白駅分岐が想定されたものの、地形的な理由と目白周辺の住民による反対運動などによって池袋に変更。その結果、池袋駅の誕生です。

 中部鉄道管理局営業課発行『小運送ト諸掛』によると、池袋駅開業から約9年後の明治45年6月25日の貨物取扱品名は「馬鈴薯、蕪、筍、人参、藍玉、壁紙、白紙、洋傘材料、機械製粉、兵器、銃、馬具」。かなりの田舎だったようです。

【写真(上)】いつまでも、あると思うなトースト食べ放題。というわけで、駅前に後戻り。戦後しばらくの間、常に愚連隊がたむろしていた池袋駅西口の辺りで。

【写真(下)】西口から左方向に歩いていくと池袋西口公園。一時期、ナンパの場所として有名だったところ。この日は古本市が開催されていたせいか、かなりの人出でした。

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2013年04月21日

其地窪にて地形袋の如く(05)  東京芸術劇場は粗大ゴミ?

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 公園の隣に、大小4つのホールを立体的に重ね合わせた構造の東京芸術劇場が建っていました。

「広場から連続するガラスの大アトリウムがエスカレーターでそれぞれのホールにアプローチ」するらしいのですが、絢爛豪華な感じはするものの、池袋的ではありません。

 建築家の磯崎新(あらた)は、読売新聞紙上でココのほか東京都庁舎、江戸東京博物館、東京都現代美術館、東京国際フォーラムの5つの建物に対し「粗大ゴミ」と評したそうですが、いずれもバブル期の公共建築といこともあるかもしれませんが、東京芸術劇場に限って当っているような気がします。

 同様に、劇場の前に建つ東京都豊島合同庁舎も、斬新ではあるものの、周囲の景色から浮いています。「建築の半分近くを地下に埋めることによって、ボリュームを抑えた設計」になっているそうですが、ちょっと凝りすぎ。濃〜い建築物が2つも並んでいると、公園の金属製腰掛けに座って眺めているだけで疲れてしまいます。

【写真(上)】公園の横は、かつて児童遊園があったところ。現在は東京芸術劇場が建っています。駅から歩いて数分。とても便利ではあると思いますが、建物はかなり奇抜。上野にある東京文化会館のような質実剛健なデザインとは異なり、なんだか壮大なムダを背負ってこれ見よがしにしているような感じ。

【写真(下)】奇抜な建物の前に、またもや奇抜な建物。東京都豊島合同庁舎です。豊島都税事務所や自動車税総合事務所などが入っていて、オープンしたのは平成9年(1997年)。当初、駅からの地下通路で接続するはずだったそうですが、困難ということで実現しておらず、なにより使い勝手が悪く、ムダなスペースが多い庁舎であるということが『都庁職新聞』のバックナンバーに書かれていました。

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