2013年01月13日

神田須田町幻の万世橋駅(01) 中央線の始発駅

 今でこそJR中央線の始発駅は東京駅ですが、明治の終わりごろは神田須田町にあった万世橋駅がその座に君臨していました。

 要するに上野駅(北)、両国駅(東)、新橋駅(南)と並ぶ、乗降客の多い西のターミナル駅として造られたわけですが、大正3年(1914年)に中央停車場(東京駅)が開業、さらに同8年(1919年)に神田駅が開業して万世橋駅と中央停車場の間が線路でつながると、中央線起点の座は中央停車場にとられてしまいました。


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【写真】初代の万世橋駅は総レンガ造り。設計者は後に開業する中央停車場と同じ。だから雰囲気が似ています。残念なことに、関東大震災で焼失してしまいました。駅前に広瀬武夫海軍中佐と杉野孫七兵曹長の銅像が建っていましたが、戦後、忠魂碑銅像等撤去審査委員会の決定によって撤去されてしまいました。

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2013年01月14日

神田須田町幻の万世橋駅(02) 万世橋駅構内

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 残念なことに、万世橋駅が完成した4年後の大正12年(1923年)、関東大震災による火災で駅舎は壊滅状態。残存部分を大幅に生かした二代目が誕生するのは、昭和5年(1930年)のことです。11年(1936年)には東京駅北側高架下にあった鉄道博物館の移転併設が決定し、駅舎に覆い被さるように新たな博物館が完成。つまり三代目。

 ところが、これで一件落着とはいかず18年(1943年)、戦況悪化のために三代目は営業休止。ひさしを貸して母屋を取られるかのように、鉄道博物館だけが生き残ることになりました。

 その鉄道博物館も23年(1948年)に交通博物館と改名。以降、都民なら就学期間に一度は訪れるアミューズメントスペースとなり、多くの鉄ちゃん予備軍を誕生させたのですが、好事魔多しとかなんとやら、なんと、平成19年(2006年)に閉館してしまうのでありました。

【写真】かつての万世橋駅構内。左側の階段は、プラットホームにつながっています。始めて訪れた場所なのに、懐かしい気分になってくるから不思議。白熱灯1灯の明かりはかなり暗く、その暗さが昔の記憶を呼び起こしたのかもしれません。営業停止した昭和18年(1943年)当時のままの光景です。今から約6年前、「旧万世橋駅遺構特別公開」での撮影です。

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2013年01月15日

神田須田町幻の万世橋駅(03) 万世橋駅プラットホーム

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 閉館してしまった交通博物館ですが、地上から消滅してしまったわけではありません。翌年の20年(2007年)に埼玉県さいたま市大宮区に鉄道博物館としてリニューアルオープンです。

 でも、万世橋駅→鉄道博物館→交通博物館→鉄道博物館というグルグル感は、まるで輪廻転生そのもの。リニアモーターカーが博物館入りするころは、世の中どうなっているんでしょうね。

【写真】万世橋駅構内のコンクリート製階段は昔のまま。上りきると、突然、視界が開け、旧万世橋駅のプラットホームが現れます。ただし、足を踏み入れることはできません。ホームに突き出た窓枠から覗くだけ。オレンジ色の電車は中央線で、左側が下り、右側が上りです。昨日と同じく、「旧万世橋駅遺構特別公開」での撮影です。

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2013年01月16日

神田須田町幻の万世橋駅(04) 水面に映る交通博物館

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 万世橋駅は、文字どおり神田川に架かる万世橋のたもとにありました。現在のJR秋葉原駅の電気街口を出て4分ほどのところ。

 この辺り、縦横無尽に路面電車が張り巡らされていて、たくさんの人で賑わった交通の要地。明治45年(1912年)、完成当時の万世橋駅はレンガ造りの豪奢な建物で、駅前広場には中瀬中佐の銅像が建立されるなど、府民の注目を浴びていたところです。

【写真】神田川に架かる万世橋の上から撮影。「閉館記念ライトアップ」が行なわれていたころに撮影。

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2013年01月17日

神田須田町幻の万世橋駅(05) バウハウス風の交通博物館

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 かつて万世橋にあった交通博物館を巡ってみましょう。もちろん、約6年前の閉館目前のころのことです。

 築70年以上を経過した交通博物館は、当時の最先端であるバウハウス風の建物。閉館後の処理は不明ですが、これがなんとも我々の世代にはシックリくる建造物。入館したとたん、気分が落ち着いてしまうのでありました。展示物の入れ替えは少なく、30年以上前のモノだってちゃんと鎮座していたから、なんだかほのぼのとしてしまいます。

【写真】昭和11年(1936年)、東京駅北側高架下にあった鉄道博物館が万世橋駅に新築移転してきた当時のままの建物。さいたま市に行ってしまう前の交通博物館です。高架線下の施設は、震災後に造られた二代目万世橋駅の遺構を再利用。博物館の正面側を新たに建築したものです。実物の「0系新幹線」と「D51形機関車(通称デコイチ)」が設置されていました。

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