2014年08月01日

JR蒲田駅ビルとその界隈(19) エキナカ区役所?

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 JR蒲田駅東口の隣に大田区役所本庁舎がある。駅構内から本庁舎に入ることは出来ないが、改札から徒歩数十秒だから、まるでエキナカ区役所だ。

 交通至便、便利至極の本庁舎だが、かつては国鉄用地(荷扱い所)だったところ。平成10年(1998年)、大森にあった本庁舎が引っ越してきたのだ。

 この引っ越し、聞くも涙語るも涙の物語。かいつまんで、コトの顛末をお話しよう。

 さかのぼること27年前の昭和62年(1987年)。旧国鉄の借金29兆円を引き継いだJRは、国鉄清算事業団を設立して不要財産処分を決行。

「高く売るならワテにおまかせ」とばかり、しゃしゃり出てきたのが大蔵省。不動産会社桃源社(社長/佐佐木吉之助)に銀行から多額の融資を持ちかけさせ、見事に落札。その額、なんと657億円。

 佐佐木社長によると入札2位は230億円だったらしいが、それでも時価の数倍。まんまと大蔵省の土地神話創造に一役買ってしまったのである。

 でも駅の隣の一等地。うまくすれば元はとれると踏んだのだが、平成2年(1990年)に大蔵省が金融機関に対して「不動産融資総量規制」という行政指導を行なったから、さあ大変。銀行から金を融通できなくなった佐佐木社長は、住専(住宅金融専門会社)を利用することに。

 国鉄の払い下げ用地は、2年間で設計したあと許可を得て、その後3年で完成しなくてはならないというオキテがあるから、佐佐木社長は大慌て。結局、住専からの融資で土地代含め900億円で桃源社蒲田ビル完成。

 と、ここまでなら、少々お高いビルで済んだのだが、折り悪く、バブル経済崩壊。不動産物件は不良債権になってしまったのである。

 その不良債権を落札したのが債権者でつくった会社。落札額は398億円也。「テナントなんて引く手あまた、一等地だもんね」と思っていたら、大当て外れ。結局、大田区に泣きつき、引き取ってもらうことに。その額167億円。平成8年(1996年)のことだ。同じ頃、桃源社は倒産。

 大田区は大規模改修を施し、2年後に大森から本庁舎を引っ越し。佐佐木社長は住専問題で国会の証人喚問を受けたが、その後、競売入札妨害と偽証罪で逮捕。東京高裁で懲役2年執行猶予3年の判決が下る。

 平成23年(2011年)9月、佐佐木社長死去。

【Photo】かつては桃源社蒲田ビルだった大田区役所本庁舎の正面。JR蒲田駅の真横にある。写真では分からないが、ビルの上部など、お役所の建物とは思えないほど斬新なデザイン。2007年7月31日撮影。

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2014年08月02日

JR蒲田駅ビルとその界隈(20) 古本屋とグランドキャバレー

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 古本屋は流行らない。ブックオフの一人勝ちだ。JR蒲田駅周辺も、以前はかなりの数の古本屋があったが、今どきは激減。

 それでも、しぶとく残っている店もある。西口なら、ロータリー脇の一方堂書林、アーケード商店街サンライズカマタの南天堂書店蒲田店。東口なら、あやめ橋近くの復活書房蒲田店だ。もちろんブックオフあり。

 ほぼ死語に近いグランドキャバレーだが、東口中央通りにあったミカドは閉店。西口駅前のレディスタウンだけが奇跡的に生き残っている。

【Photo】復活書房蒲田店。近くにブックオフがある。2007年7月31日撮影。

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2014年08月03日

JR蒲田駅ビルとその界隈(21) 東口商店街の大蒲田祭り

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 8月最初の日曜日は毎年恒例の大蒲田祭り。蒲田東口商店街商業協同組合の主催だ。

 各町会の神輿が通りを練り歩くのだが、見物人より神輿担ぐ人のほうが多いのはご愛嬌。

 残念なのは屋台が出ていないこと。りんご飴にチョコバナナ、イカ焼きタコ焼きフランクフルト・・・を想いつつ、じっと神輿を眺め続けるしかない。

 2007年の祭りには南米のサンバグループが登場し、注目を集めていた。千載一遇のチャンスとばかり、オジさんたちがデジカメのレンズを向けていたが、人のことは言えない。

 今年の大蒲田祭りは本日8月3日。道路の真ん中に設定したリングで大日本プロレスが開催される。

 果たしてオジさんたちはデジカメのレンズを向けるか。

【Photo(上)】この日、蒲田東口一帯は歩行者天国。2007年8月5日撮影。

【Photo(下)】炎天下だから、ダンサーも観客も大汗。2007年8月5日撮影。

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2014年08月04日

JR蒲田駅ビルとその界隈(22) 東京都道311号環状八号線

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 JR蒲田駅の南側に環状八号線(環八)が貫通している。標準幅員25メートル、延長44.22キロ。羽田空港から世田谷杉並練馬板橋を経由して北区赤羽に至る環状の都道だ。正式名を東京都道311号環状八号線という。

 計画されたのは昭和2年(1927年)。膨張を続ける東京市が「このままではあかん、幹線道路網が必要じゃ」と計画したのだが、大戦と戦後の経済事情の悪化で着工ならず。

 終戦の翌年、東京の戦災復興計画のひとつとして現在のルートを決定。ただし、同25年(1950年)に当初40〜50メートルで計画されていた幅員が、現在の25メートルに変更されてしまった。

 すったもんだののち、ようやく着工にこぎつけたのが同31年(1956年)。JRの線路を跨ぐ蒲田陸橋が完成したのは同35年(1960年)のことだった。

 暑い夏の今ごろ、環八雲が出現する。環八通り沿線に半円状に発生する積雲だ。そんなときはスマホで写真を撮っている場合ではない。ゲリラ豪雨のサインだからだ。

【Photo】環八通りに架かる歩道橋から蒲田陸橋にレンズを向けて撮影。右側はスーパーのマルエツ。左側は新潟鉄工跡地に建ったUR都市機構の団地。2007年7月31日撮影。

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2014年08月05日

JR蒲田駅ビルとその界隈(23) サンロードとサンライズ

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 西口にあって東口にはないのがアーケード商店街。駅前のロータリーから西に向かって2本、サンロードアーケードとサンライズアーケードがある。

 いずれも戦後のヤミ市の発展系。昭和30年(1955年)ごろから区画整理が始まり、同40年(1965年)にサンロード、同52年(1977年)にサンライズが完成した。

 2本のアーケードは平行に並んでいて、サンロード(通路狭い)の真横にサンライズ(通路広い)。奥行きのある店舗などは、サンロード側から入ってサンライズ側に出たり、あるいはその逆が出来るから愉快。

 サンライズの先にある東京蒲田文化会館は昭和39年(1964年)竣工。4階にある映画館、蒲田東宝(339席)とテアトル蒲田(304席)はいまだ現役だ。

 そもそも大田区には映画館が3館しかない。前述の2館とシネマサンシャイン平和島(7スクリーン/1401席)。松竹キネマ蒲田撮影所があったころ(大正9年〜昭和11年)は、東口に映画館が並んでいたらしい。

※シネマサンシャイン平和島は平成14年(2002年)開館。

【Photo】通路が広いサンライズアーケードの入り口。写真に写っている店舗のいくつかは、今はない。2007年7月31日撮影。

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